女川原発再稼働の是非を問う県民投票を求める署名の最終的な集計はまだ出ていませんが、4万の必要数は軽く越え、9万を越えて10万に届きそうな勢いだそうです。でもこれからのハードルも高いのです。県議会で条例ができ、各市町村が投票事務を引き受け、投票が行われ、県民の意思が示され、と果たして進んでいくのかどうか。いったとしてそれに対しての政治的判断はどうなるのか?でも、手間ひまがかかっても今だから直接民主主義を試してみないと、と思います。日本は民主主義国家なのですよね。沖縄で起きていることを見ていると、すべて遠くで起きていることではなくて、次は本土のどこででも強権は必要なら民意を踏みにじるのだろうと思えてしまいます。
About Us
そこに行けば心を豊かにしてくれる空間、
お茶を飲んでいるとつい時間を忘れそうになって、
一人を楽しみたい人もおしゃべりを楽しみたい人も、みんなを楽しみたい人も、
それぞれがそれぞれに過ごすことのできるちょっとした隠れ家が、グラニーズです。
本と手作りと日々の暮らしを愛する女性のために!
2018年12月6日木曜日
12月
12月とは思えない暖かさが続いていましたが、今日は本来の寒さになり冷たい雨が降っています。あまり季節感がないまま店をクリスマスらしく飾って昨日終わったところでしたので、まあまあ良かったです。

女川原発再稼働の是非を問う県民投票を求める署名の最終的な集計はまだ出ていませんが、4万の必要数は軽く越え、9万を越えて10万に届きそうな勢いだそうです。でもこれからのハードルも高いのです。県議会で条例ができ、各市町村が投票事務を引き受け、投票が行われ、県民の意思が示され、と果たして進んでいくのかどうか。いったとしてそれに対しての政治的判断はどうなるのか?でも、手間ひまがかかっても今だから直接民主主義を試してみないと、と思います。日本は民主主義国家なのですよね。沖縄で起きていることを見ていると、すべて遠くで起きていることではなくて、次は本土のどこででも強権は必要なら民意を踏みにじるのだろうと思えてしまいます。
女川原発再稼働の是非を問う県民投票を求める署名の最終的な集計はまだ出ていませんが、4万の必要数は軽く越え、9万を越えて10万に届きそうな勢いだそうです。でもこれからのハードルも高いのです。県議会で条例ができ、各市町村が投票事務を引き受け、投票が行われ、県民の意思が示され、と果たして進んでいくのかどうか。いったとしてそれに対しての政治的判断はどうなるのか?でも、手間ひまがかかっても今だから直接民主主義を試してみないと、と思います。日本は民主主義国家なのですよね。沖縄で起きていることを見ていると、すべて遠くで起きていることではなくて、次は本土のどこででも強権は必要なら民意を踏みにじるのだろうと思えてしまいます。
2018年11月1日木曜日
県民投票! 宮城県の場合
新しい命が生まれ、それを幸せそうに見守る若い親たちを見るにつけ、グラニー(ばあちゃん)は彼らの未来が希望に満ちていて欲しいと切に思います。
7年になりますが私たち東北人の感覚ではついこの間、福島で起きたこととその後始末の作業は、現在進行形で継続中です。今年多くの自然災害が各地を襲い沢山の人々が被害にあい家を失い仮設住宅に身を寄せ途方に暮れているのをニュースで見るたびに心が痛みました。災害列島であるこの国のそれぞれの出来事に胸が塞がりました。グラニーズでは今年のチャリティ収入の中からそれらの被災地にも少しでも支援したいと思いました。でも新たな災害はニュースになりますが、7年も前に被災した福島の人々の今も続く苦しみは忘れられてゆくのでしょうか。行き先のない汚染物質の詰まった黒いビニール袋が見渡す限り山積みされ、汚染水のドラム缶は保管場所が満杯になっても増え続け、東電は海に流す時期を探っているかのようです。今当時の経営陣の裁判が行われていますが、責任をとる人間は誰もいないのです。
それなのに今また全国的に、原発は次々再稼働されています。この宮城県でも女川原発の再稼働が行政的には既定路線のように語られています。FUKUSHIMAがあったのに、です。”もしまた事故が起きたら””もし大地震がきたら”という想像力は誰の意識にも上らず、FUKUSHIMAは何の教訓にもならなかったようです。それでいて実際に事故が起きれば決定に責任のあったはずの人たちはすべて想定外のこと、予測不能のこととしてまた免責を訴えるのでしょう。
昔、『ひとむれ』という本に当時北海道家庭学校の校長であった谷昌恒先生の書かれていた言葉が、科学に疎い私にとってはもっともわかりやすい”核”についての説明でした。原子力とは太陽の燃焼をこの地上に再現することであり、太陽は宇宙の彼方にあればこそ地球の私たちに恵みをもたらしてくれるけれども、この地上で生命体と共存はできないのだと。
原爆は燃焼する太陽と同じ火の中に人間を投げ入れることであり、原子炉の中に人工的に作り出した太陽と同じ燃焼がいったん人間の制御を離れたらどうなるのか。それらは広島・長崎そして福島が証明しました。もともと地球は太陽から分かれた初めの頃は同じく燃える火の球だったのが、気の遠くなるほどの長い億の年数を経て冷え、核物質の放射能が減じてようやく今の生命が生まれたのです。宇宙エネルギーをこの地上に実現する必要はなかったのです。
”原発の再稼働”というような重大事を知事の判断に任せていいのか?そんな思いで今宮城県では女川原発再稼働の是非を問う県民投票を求める署名運動が行われています。グラニーズも署名スポットになっています。署名したい方、署名用紙をご希望の方、是非コンタクトをお願いいたします。
7年になりますが私たち東北人の感覚ではついこの間、福島で起きたこととその後始末の作業は、現在進行形で継続中です。今年多くの自然災害が各地を襲い沢山の人々が被害にあい家を失い仮設住宅に身を寄せ途方に暮れているのをニュースで見るたびに心が痛みました。災害列島であるこの国のそれぞれの出来事に胸が塞がりました。グラニーズでは今年のチャリティ収入の中からそれらの被災地にも少しでも支援したいと思いました。でも新たな災害はニュースになりますが、7年も前に被災した福島の人々の今も続く苦しみは忘れられてゆくのでしょうか。行き先のない汚染物質の詰まった黒いビニール袋が見渡す限り山積みされ、汚染水のドラム缶は保管場所が満杯になっても増え続け、東電は海に流す時期を探っているかのようです。今当時の経営陣の裁判が行われていますが、責任をとる人間は誰もいないのです。
それなのに今また全国的に、原発は次々再稼働されています。この宮城県でも女川原発の再稼働が行政的には既定路線のように語られています。FUKUSHIMAがあったのに、です。”もしまた事故が起きたら””もし大地震がきたら”という想像力は誰の意識にも上らず、FUKUSHIMAは何の教訓にもならなかったようです。それでいて実際に事故が起きれば決定に責任のあったはずの人たちはすべて想定外のこと、予測不能のこととしてまた免責を訴えるのでしょう。
昔、『ひとむれ』という本に当時北海道家庭学校の校長であった谷昌恒先生の書かれていた言葉が、科学に疎い私にとってはもっともわかりやすい”核”についての説明でした。原子力とは太陽の燃焼をこの地上に再現することであり、太陽は宇宙の彼方にあればこそ地球の私たちに恵みをもたらしてくれるけれども、この地上で生命体と共存はできないのだと。
原爆は燃焼する太陽と同じ火の中に人間を投げ入れることであり、原子炉の中に人工的に作り出した太陽と同じ燃焼がいったん人間の制御を離れたらどうなるのか。それらは広島・長崎そして福島が証明しました。もともと地球は太陽から分かれた初めの頃は同じく燃える火の球だったのが、気の遠くなるほどの長い億の年数を経て冷え、核物質の放射能が減じてようやく今の生命が生まれたのです。宇宙エネルギーをこの地上に実現する必要はなかったのです。
”原発の再稼働”というような重大事を知事の判断に任せていいのか?そんな思いで今宮城県では女川原発再稼働の是非を問う県民投票を求める署名運動が行われています。グラニーズも署名スポットになっています。署名したい方、署名用紙をご希望の方、是非コンタクトをお願いいたします。
2018年10月15日月曜日
乳母車
心躍るというよりは心浮き立たないごみの片づけ仕事に新幹線を乗り継いで通っている月々でしたが、夏に数年前の暮らしの手帖の記事に出会いました。2007年29号に、豊橋から東海道線で東京寄り二つ目の駅近くにあるお店のことが載っていました。義母の家から近い場所です。
何かいいことがあれば心はすぐに上向きになります。その記事を読んで次に母のところに行ったときすぐに私はそのお店に行っていました。そして迷わず一つ、そのいかにもレトロな昭和な乳母車を買うことに決めていました。
グラニーズというのは”おばあちゃんの”という意味です。”おばあちゃんの”スタイルはたくさんあります。おばあちゃんのクッキー、おばあちゃんのバッグ、おばあちゃんの編み物モチーフ。おばあちゃんのものはシンプルで半分眠りながらでもできるものがいろいろ。単純な繰り返しの、昔からのありきたりの、でもなつかしいものたち。グラニーズというこの店の名前には実はさまざまな思いが込められています。
昨日、その昔懐かしい籐の乳母車が届きました。今でもこんな職人の技があるのですね。籠の底は畳ござです。


私はこんなグラニーズスタイルの赤ちゃんキルトを作りました。
乳母車にかけるとこんなふう。

中に置いたクッションは昔編んだ鉤針のグラニーズスクエアのカバー。
私は我ながらこういうのが好きなんだなあ、と思います。
三好達治に『乳母車』という詩がありましたね。
何かいいことがあれば心はすぐに上向きになります。その記事を読んで次に母のところに行ったときすぐに私はそのお店に行っていました。そして迷わず一つ、そのいかにもレトロな昭和な乳母車を買うことに決めていました。
グラニーズというのは”おばあちゃんの”という意味です。”おばあちゃんの”スタイルはたくさんあります。おばあちゃんのクッキー、おばあちゃんのバッグ、おばあちゃんの編み物モチーフ。おばあちゃんのものはシンプルで半分眠りながらでもできるものがいろいろ。単純な繰り返しの、昔からのありきたりの、でもなつかしいものたち。グラニーズというこの店の名前には実はさまざまな思いが込められています。
昨日、その昔懐かしい籐の乳母車が届きました。今でもこんな職人の技があるのですね。籠の底は畳ござです。
私はこんなグラニーズスタイルの赤ちゃんキルトを作りました。
乳母車にかけるとこんなふう。
中に置いたクッションは昔編んだ鉤針のグラニーズスクエアのカバー。
私は我ながらこういうのが好きなんだなあ、と思います。
三好達治に『乳母車』という詩がありましたね。
母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
この詩は男性の母性への憧れで歌われていてどこか哀しみがありますが、我が家の孫は女の子、
乳母車に乗って運ばれるときにはひたすらに心楽しくあって欲しいものです。
2018年10月7日日曜日
秋色のクッションカバーとティーコゼー
時々、端切れを片付けてしまいたくて、ミシンでせっせと接ぎ15~20センチ位のクレイジーキルトのブロックを作り置きします。問題は接ぐにはあまり時間がかかりませんが、それにステッチをかけて形にするには気分の乗りや時間の都合があり、ブロックの方がたまる一方だということです。
以前に作ってあった秋色の20センチのブロックそれぞれペアのものを、クッションカバー2枚とティーコゼーに完成させました。シンプルにシームステッチだけにしました。
クレイジーキルトに慣れていない人は布合わせや接ぎ方に意外と戸惑うものです。もしこういうステッチも何も飾っていない素のブロックを私がたくさん作ってショップに置いたら売れるでしょうか?(ペアで1000円というところ?)そうすると私の布の消費もスピードアップして、材料減らしにはとても助かるなあ、と思案中です。
以前に作ってあった秋色の20センチのブロックそれぞれペアのものを、クッションカバー2枚とティーコゼーに完成させました。シンプルにシームステッチだけにしました。
クレイジーキルトに慣れていない人は布合わせや接ぎ方に意外と戸惑うものです。もしこういうステッチも何も飾っていない素のブロックを私がたくさん作ってショップに置いたら売れるでしょうか?(ペアで1000円というところ?)そうすると私の布の消費もスピードアップして、材料減らしにはとても助かるなあ、と思案中です。
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