たくさん作ったクレイジーキルト用の素のブロックの中から2枚選んで、ティーコゼーを作りました。クレイジーキルトは平面的に置くより立体的に置く方が楽しめるので、コゼーに仕立てるのはとても便利なのです 。
ところでミリー・モリー・マンデーという女の子のお話を知っていますか?私は、昨年ちょっとこのブログで触れたシャーリー・ヒューズさんの書いた文で知りましたが、その後、福音館の世界傑作童話シリーズにも入っていることを知り、上條由美子さんの訳でも読むことができました。イギリスの小さな村の白い壁の茅葺きの家に、お父さんとお母さん、おじさんとおばさん、おじいさんとおばあさんと一緒に住んでいます。本当はミリセント・マーガレット・アマンダというのですがあんまり長いのでみんなはミリー・モリー・マンデーと呼んでいるのです。いつもピンクと白のキャンデーストライプのワンピースを着ていて、近所にはスーザンやビリー、ジリーという仲良しがいます。
著者のジョイス・L・ブリスリーという女性は元々は絵描きで、ふと落書きした田舎の一家の中の女の子を主人公にした毎日のできごとのお話に挿絵もつけて発表したら、そのほのぼのとした物語が人気になり、ある雑誌に長いこと連載され、最終的には六巻もの本にまとめられたのだそうです。20世紀前半の頃の本ですが英国では今も親から子供へと読み継がれているとか。少し長いですが、シャーリー・ヒューズさんが新しいミリー・モリー・マンデーの版に書いた序文がありますので、そのまま訳しておきます。
75年くらい前のことですが、ジョイス・ランカスター・ブリスリーという女性が封筒の裏側にある家族を落書きしました。田舎に暮らす人たちでおじいさん、おばあさん、おとうさん、おかあさん、おじさん、おばさんが一列に並び、元気そうな女の子が一人います。おかっぱで縞模様のワンピースを着ています。ジョイスがその子につけた名前はミリー・モリー・マンデーでした。(ちっちゃな女の子のわりに名前はとても長いですね)そしてジョイスはお話にさしえもつけてたくさん書いて行ったのですが、そのミリー・モリー・マンデーのお話は、時代がすっかり変わった今も、子供たちみんなが大好きな特別な物語になりました。
ミリー・モリー・マンデーが住んでいる、気持ちよい温かい「白い壁の茅ぶきの家」は、想像上のきれいで素敵な家というより、本当に身近にありそうな家です。そして彼女がうれしかったり喜んだりする毎日のできごとはごくありふれたことです。生き物にも人にもやさしい気持ちがいっぱいで、楽しい催しもときどきあります。
私がミリー・モリー・マンデーのお話に出会ったのは彼女と同じくらいの年頃の子供だったときですが、はじまりの場面から大好きになりました。何度も何度も読んで、表紙カバーの裏に書かれた村の地図を見ながら彼女と一緒に、村の中を行ったり来たりしました。野原を横切って行く学校への近道、蹄鉄を打つハンマーの音が聞こえてくる鍛冶屋さん、池や、仲良しのビリー・ブラントや小さなスーザンの家、マギンズさんのお店もどこにあるか知っています。地図には“大きなお屋敷”の前を通りすぎて行くバスが一台描かれていますが、他にはほとんど車が走っていません。やっと数台の自転車がいるだけです。子供たちはどこに行くにも歩いて、大人に何か知らせに行ったり、友だちのところに遊びに行ったり、一人で野原や林の中をほっつき歩いたりしていました。今の子どもたちとは大違いです。どのお話も村の中、村の近くで起きたことです。ほんのときたま、ミリー・モリ・マンデーもトゥインクルトーというポニーの引く荷馬車で、おじいさんやおじさんと一緒に、マーケットのある近くの町に出かけることもありました。でも彼女も他の子どもたちもバスに乗り汽車に乗りして海に連れていってもらうのは一年に数度で、そんな旅行は大興奮のことだったのです。
ミリー・モリー・マンデーとその家族はいつも何かを作ったり育てたりしています。無駄にしたり捨てたりするものはほとんどありません。小さなつまらなそうなものも大事にとっておき、いつか役立てます。たとえばリボンや布の端切れもミリー・モリー・マンデーは集めておかあさんのためにティーコゼーを作りましたし、おばあさんの白い絹のスカーフやおばさんのレースのハンカチは彼女のパーティドレスに変身しました。おもちゃはほとんど出てきません。(たった一つの例外はブービー賞にもらったうさぎのぬいぐるみです)だって彼女はほとんどの時間、お友だちやトビーという犬と一緒に外で遊んでいるのです。
食べ物は、たいてい楽しいお話ではいつもそうですが、とても大事です。ポテトケーキ、ブラックベリーのジャムやゼリー、焼いたポテト(リッド・ポテトというのですが詳しい作り方まで書いてあります)、マギンズさんのお店のラズベリードロップやアニスあめ、だけでなく畑でたねから育てたからし菜やクレソンもモッグズ夫人は二ペンスで売っています。
ミリー・モリー・マンデーにはちゃんとお仕事もあります。おつかいに行くときには、何をどのくらい買えばいくらお金を払うか覚えていなければなりませんし、マギンズさんがいないときのお店番では一生懸命棚をきれいにしたり、お母さんが泊まりがけでお出かけのときにはお家にペンキを塗ったり。「だっておかあさんが言ったの、リンゴのならないリンゴの木になったらだめよ、って」ビリー・ブラントにそう教えてあげるミリー・モリー・マンデーです。
ミリー・モリー・マンデーの世界は一つの理想かも知れません。大人たちはみんな優しくて子どもたちに怒ったりしないし、子どもたちも叱られるようなことをするお馬鹿さんでもありません。でも私たちが現実の生活で、いろんなことがうまくいかないときは、この物語を読むと毛布にくるまったときのようなほっとした気持ちになれます。そこには私たちが求めたくなる暖かさがあります。
私が最初にこのお話を読んだのは大昔のことです。そして娘のクララも小さなときに読みました。その娘が今、やっぱり挿絵画家になり、新しいミリー・モリー・マンデーの本の表紙の絵を描くなんて、考えもしないことでした。この縞々ドレスの女の子が私たちの一部だったように、あなたの一部ににもなればいいなあ、と思います。
シャーリー・ヒューズ 2001年 ロンドンにて
そのミリー・モリー・マンデーがお母さんのためにティーポットのカバーを作るお話です。ジリーのおばさんのマギンズさんは布や糸の小間物を売っているお店をしているのですが、あるときジリーがお茶に呼んでくれました。
「何てきれいなティーコゼーなのかしら!私に作れるかしら?」 「フェザーステッチさえ出来れば大丈夫よ。おばさんに教えてもらうといいわ」
このテーブルの上にある四枚接ぎのコゼーをミリー・モリー・マンデーのように私も作ってみたいと思い立ちました。
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