About Us

そこに行けば心を豊かにしてくれる空間、

お茶を飲んでいるとつい時間を忘れそうになって、

一人を楽しみたい人もおしゃべりを楽しみたい人も、みんなを楽しみたい人も、

それぞれがそれぞれに過ごすことのできるちょっとした隠れ家が、グラニーズです。

本と手作りと日々の暮らしを愛する女性のために!

2017年6月22日木曜日

文庫カバーやドッティ―人形も

最近、チャリティグッズ作りに追われています。定番のハートサシェの他にも、文庫カバー、久しぶりにドッティ―ちゃんなどまとめて作りました。





文庫カバーでわかったのですが、さまざまある文庫の中でもハヤカワ文庫はサイズが少し大きいのですね。今回はハヤカワ文庫にも対応できる大きさにしました。

ここに全部載せると大変なので、サシェ、文庫カバー、ドッティー、一つずつにしました。他のものも見たい方は フリッカーのサイトにどうぞ。

2017年6月7日水曜日

ハートサシェ

先日お茶にいらしたお客様が、チャリティのグッズをあらかた無くなるほどたくさん買って下さいました。ブックカバー(文庫カバー)5点の注文まで!ありがたいことです。

グラニーズでは暇ひまに作りためた小物を売って、売り上げは4年前の東北大震災で親や身内を失った子供たちのために役立てたいと、あしなが基金が運営しているレインボーハウスへ寄付してきました。当時小学生だった子供は今は高校生かもしれません。高校生だった子供たちは大学生、ひょっとしたら社会人かもしれません。大人は1年2年と年を重ねていくだけですが子供たちは成長し、多感な時期を過ごし、問題に向き合い、一人の人間として自立へ向けて成長してゆきます。私たちは「具体的に(例えば学費に)何にというのではなくても、心に傷を負った子供たちの成長を見守る活動をしているところへささやかな支援を続けたいと思っています。継続は力なりです。




買って下さる方がいるのはうれしいことです。ちょっと閑散となったショップコーナーを埋めるために頑張って集中的にハートサシェを作っていますが、作ったものも次々お嫁にゆき、作っては追加の毎日で、うれしい悲鳴です。ちなみに800円です。ちょっとしたプレゼント用に使いたいと買って下さる方が多いようです。

                                                                               



                               




2017年5月29日月曜日

こんな昭和資料

先日、グラニーズのキッチンと庭を紹介しました。私にとって人に開かれた場所があるのはとてもラッキーです。、たまった持物や好きなものをしまいこまないで人と一緒に楽しむことができますし、クレイジーキルトをやりたい一心で集めた古いアンティークのクレイジーキルトも見て頂けるし、本や雑誌も誰かに読んで頂けるし、しまい込まれていつか処分される運命だった物がもう一度陽の目を見るのです。そして私の残った時間では使いきれないほどの量の布や糸も、全部は無理でも少しずつ形になり僅かでもお金になって震災の微々たる支援になっています。私にとってこのグラニーズは人生を折り返した後の最終的な収穫場所になっているのです。

自宅の庭にあった物置きを4年がかりで片づけました。お宝はありませんでしたが、昔の道具が捨てられなくて少し残しました。洗い張り用の板とか裁縫台、茶箱など。古い足踏みミシンの修理を頼んだら、きれいにニスも塗りなおされ1万5000円で使えるようになりました。
                      


こんなものも出てきました。今や昭和の歴史資料です。

昭和12年~15年の婦人雑誌の付録ですが何ともレトロで面白いです。左端は「戦時下の家庭経済—和服類一切の実際再生法」、昭和13年婦人倶楽部11月号付録です。表紙のモデルは何と山田五十鈴さん。
                                
              
                             

裏表紙のみやこ染の広告ページには「此の一瓶愛国の結晶!愛せよ物資!節せよ消費!純毛はなくなる純綿はなくなる今までの衣類が一層貴重になってきました。派手すぎる地味すぎる色さめたもの等みやこ染で染替えて役立てませう国策のため」の広告文。
                                
              

太平洋戦争が始まったのは昭和16年ですからまだ資源が底をつく最悪の時代にはなっていません。和服をリメイクしたり洋服に作り直したりのアイデア、セーターの編み直しや手作りアクセリーという、工夫して精いっぱいおしゃれをしたい女心への配慮がまだ感じられます。

でも今はもし戦争になったら、食べ物や物の不自由さを愚痴るひまもなく一気に、ヒロシマ長崎が出現するのかもしれません。現在の日本に戦争は絶対に不可能なのだと先日、山口二郎さんの講演で聞きました。集中化した大都市と原発集中地域を通常兵器で攻撃するだけで日本を壊滅させることは可能なのだと。平和とは日々の暮らしが続くことだとつくづく思いました。


2017年5月17日水曜日

5月の物語ランチ「悪魔のチキンパイ」

さて、今月は久しぶりの物語ランチです。ロンドンのベーカー街221番地Bの家主、ハドソン夫人が語る(実は現代の料理研究家ファニー・クラドックという女性ですが)という趣向で、住人の紳士二人、つまりシャーロック・ホームズとワトソン博士のために作った(に違いない)というお料理が紹介された本があります。(『シャーロック・ホームズ家の料理読本』 1981 晶文社) 今回はこの本を参考に。





ホームズは1854年1月6日ヨークシャー生まれ、ベーカー街に住み始めたのは27歳のとき、1903年49才でサセックスに隠居、1926年にはワトソンに代わり晩年に扱った事件について自ら執筆しています。まるで実際に存在したかのように語られ、年譜が作られ、人物分析が行われ、好きだったお料理まで紹介され、研究されているホームズですが、もちろん作者コナン・ドイルの創作による著者の分身です。時代はヴィクトリア朝とそれに続くエドワード朝の時代。大英帝国がもっとも繁栄し、第一次世界大戦で世界が大きく変わる頃でした。

さてイギリスの代表的料理であるパイとプディング、この本の語り部ハドソン夫人が紹介している山鴫や雉はちょっと手に入りませんので鶏の胸肉を使わせて頂きます。辛味のソースで味付けし、パイに焼きます。

辛いソースは悪魔のソースと呼ばれるとか。(残り肉をスパイスで蘇らせる意味だそうです)

「悪魔のチキンパイ」が今回のメインディッシュです。もちろんスタッフはすでに何度か試作試食済み、なかなかおいしいランチになりそうです。サラダとヒヨコマメのポタージュが付き、食後はヨーグルトにジャムとハーブティーのヘルシーメニューです。5月29日(月),30日(火),31日(水)の三日間、一日5食限定です。

ホームズが生きた時代、実際に起きた有名な事件に”切り裂きジャック”の事件があります。ホームズがその事件に関わらなかったはずはない、実は犯人と対決、突き止めていたにも関わらずある事情から事件の真相は闇に葬られてしまったのだということをご存知ですか?

ドイル以外の後世の人間が仮定のホームズ物語を作ってしまうほど、ホームズの人気は衰えません。先程の”切り裂きジャック”事件の真相に迫ったホームズですが、事件が迷宮入りになった訳は、あのホームズすらいかんともしがたい大きな国家のスキャンダル、真実を押しつぶす闇の力が背後にあったからなのです。興味のある方は映画『名探偵ホームズ/黒馬車の影』をどうぞ。権力は恐ろしい。








2017年5月12日金曜日

グラニーズのキッチンと庭

私が時々、覗きにゆくイギリスの骨董品を置いているお店が仙台の街中からちょっと離れた郊外にあります。ビューアンティークというお店で、若い素敵なご夫婦が二人でやっています。きれいな奥さまですが重い家具もご主人と二人で移動するとか、家具屋さんというのは力仕事なのですね。ボードやテーブルといった大きな家具だけでなく、古道具と呼べそうなものや、刺繍やお茶の道具、アクセサリー、カトラリー、などなど、見るだけでも楽しいので、「イギリスで買い付けてきたものが到着しました」という案内をもらうと、いさんで駆けつけてしまいます。そして行けば何かしら掘り出し物を見つけます。                                         




 今回の掘り出し物です。
                

グラニーズの庭にはハーブが沢山、植えられています。キャットミントやタイム、ローズマリーなどが暴れるほどにはびこってくるこれからの季節、これに吊るして乾燥させて、いろいろに使おうと思います。
               
               
                                
 

 

                                   
そして、グラニーズのキッチンを少しお見せしますね。
業務用キッチンではなく、普通の住宅用キッチンですので、ランチは10人ちょっとで火の車になります。普段はスタッフが一人で頑張っていますが忙しくなると私も一緒に厨房入りです。予約なしでの今までの最高は16人でした。前もって準備ができれば気持ちに余裕が持てますので予約を頂けたらありがたいです。

                         






2017年5月4日木曜日

海外の手芸友だち

何年ぶりかで海外の友人から買い物をしました。断シャリの年齢ですからなるべく物を増やさないようにしているのですが、ついついうっかりと、です。

一つは今関わっている刺繍の本の中に「ホウレンソウの茎の根元のような補色同士の色のグラデーション」という表現があって、このたとえ、日本人にはとてもわかりやすくて面白かったので、自分で糸を染めているカナダの人のお店(その名も”Colour Complements" です)を覗いていたらあんまりきれいだったので、欲しくなってしまったのです。久しぶりにロレーヌとおしゃべりしました。




そしてもう一人というかもう一組というか、母娘でやっているトルコの編み物作品のお店からです。
Irregular Expressions という名前で作品を作っています。まさしくクレイジーニットあるいはクレイジークロシェと呼んでいいような編み物です。本当に久しぶりに作品がアルバムにアップされていて、ご存じのようにトルコは今、けっこう大変な状況ですから、こちらも声を聞きたくなったというのが本当のところかもしれません。私は編み物はもう、グラニーズスクエアをつないだ膝かけとか、カバーとか、馬鹿の一つ覚え的な単純なものしかしませんが、いろいろ人の作ったきれいなものを見るのは大好きなので、前からファンでした。






トルコは非常に親日で、クレージーキルトも盛んで、私には手芸を通じて親しくなった友人が何人かいます。東北で大震災があったすぐ後、トルコでも大きな地震があり、救援のベビー毛布や膝かけを送ったことを思い出します。シリアと国境を接し民族問題をかかえ、テロも起きています。ごく最近国民投票で大統領権限が強化され、独裁に向かおうとしていますが、それが問題の解決を導くことになるのでしょうか?そんな時期だったので、作品がアップされているのを見て「元気ですか?」と声をかけたくなったのです。

女性たちは長い時間をかけ、自分の手で丹念に仕事し、美しい作品を作ります。見る人、使う人に喜んでもらいたい一心で。こういう営々としたいとなみは平和であればこそと思います。昨日は憲法記念日でした。平和を、9条を、大事に守って行きたいものです。
                        
                

2017年5月1日月曜日

May Day

               



五月一日、メーデーです。もともとこれは春の到来を祝う、子供たちの楽しいお祭りの日でした。花で溢れるほど飾りつけた木枠の上にお人形を飾って、それを先頭に、メ―クイーンと侍女、従者が練り歩くのです。お屋敷や牧師館を訪れ、歌を歌いパフォーマンスをして箱に寄付を入れてもらい、新緑の田舎道をまだ行ったことのない遠くまで、林や畑を通り抜け生け垣を越え、他の村の行進と出会ったらお互いにいばりっこして、みんなで一日行進してくるのです。『ラークライズ』のメーデーの章は一番短いのですが、この章の原型になったエッセーが編集者の目にとまり、書き足して本になったと聞いています。

メーデー、日本は戦後はずっと労働者の日でしたが、今ではそれもほとんどニュースにもならず、ゴールデンウイーク中の一日です。私にとって個人的には、母の誕生日でもあります。母の大好きだったアスパラガスも伸びてきました。
                 
             

2017年4月28日金曜日

翻訳

本づいている最近のことは書きました。実は私には二冊、翻訳書があります。『カサンドラの城』という、あの101匹ワンちゃんを書いたドディー・スミスの小説(イギリスでは今も人気の少女文学)と、『ラークライズ』というイギリスの高校生には必読の19世紀末の農村生活をフィクション化した記録文学です。
悲しいことに何故かどちらも日本での売れ行きは今ひとつです。だから翻訳は終わっているのに『ラークライズ』後編は出ていません。出版社も青息吐息です。今、出版業界は危機的状況です。

                              


趣味のはずのクレイジーキルトにかなりの時間を使い、成行きで何故かカフェギャラリーのオーナーになってお客様のためにティーやコーヒーも淹れて、皆さんがくつろげる時間を過ごして頂けるのはうれしい限りです。

でも人間誰にとってもどうでもいいこととどうでもよくないことにはいろいろ段階があります。私にとって一番どうでもよくないことは、もしかしたらカフェ経営よりクレイジーキルト教室より、お金にはまったく縁のない、”てにをは”の文章世界なのかなあ、と思ってしまうことが最近ありました。ある本を手伝っていて、適当なところで適当に妥協してもいいのに、本である以上、読者には最大限良い形であって欲しいなんて、もしかしたら自分の能力以上に頑張ってしまったのです。

今でも翻訳への情熱は失せていません。私の翻訳は英語から日本語へですが、訳してみたい本はたくさんあります。時々、気持ちが落ち込むと猛然と、訳すことがあります。そしてこっそりと内緒の非公開のページを作ってそこに保存しています。いじましいですね。


2017年4月20日木曜日

素敵な本

グラニーズ店内の写真を撮る時、飾っているのはどれも私の大好きな絵なのですが、何故か死角になって写らないものがあります。それほど大きな絵ではありません。田崎裕子さんという方のテンペラ画で25cmx30cmというところ?
                         



額も作品の内で作家さんの手作りです。右の角が欠けていることにお気づきでしょうか?あの6年前の震災のとき落下して傷がついたのです。                              


今日素敵な本が届きました。
この間のアピエといい、今年は本づいているのかなあ、と思います。(実はもうすぐ出るはずの、私がお手伝いしている本もあります。出ないのは私の『ラークライズ』続編だけ?!)

                  

昔、30年近くも前、まだ若かった頃、仙台の丸善の画廊でどうしても欲しくて絵を買いました。書店に行ったときに奥の画廊で開かれていた展示会をたまたま覗いたのだったか、野の花の絵画展というようなタイトルに引かれて行ったのだったか、記憶がないのですが、展示されていた絵に魅かれて、でもそのときは決められなくて翌日もう一度行き、是非にと求めました。そのときそこにいらした真っ白なシャツブラウスの田崎裕子さんという作家さんとおずおずと言葉を交わしました。同年齢でした。

以来、仙台での個展はなかったような気がしますが、個展の案内を頂いて都合が合えば東京や山形の展覧会に何度か行きました。毎年年賀状も届きます。今私の手元には彼女の作品が三点あります。いつかグラニーズで展示会ができたらなあ、というのが夢です。


2017年4月13日木曜日

APIED アピエ

3月下旬、東京に住む高校時代の友人がグラニーズを訪れました。二人きりでゆっくりおしゃべりしていると、気持ちは一気に十代の頃に戻ってしまいます。1年と3年で同じクラスでした。大学は違いましたが東京に出て、それぞれに入った大学で同じ高校からの友人もいないまま、新しい環境に大きなカルチャーショックを経験しました。仙台は東北では大きな都会でしたが首都はまったくレベルが違い、戸惑いや迷いの中で自分の立ち位置が不安定で、苦しい気持ちを吐き出したくて折りにつけ会い、雑司ケ谷の漱石のお墓を見に行ったりしました。

でも人生、それぞれに乗り越えて来ました。50年、半世紀です。

彼女がこんな文芸誌を持ってきてくれました。装丁にも内容にも作った人のこだわりとセンスを感じます。いいなあ、こういう人とつながってるなんて、と思いました。彼女も時々文章を書いているようです。そしたら、何と、彼女の紹介でグラニーズにその文芸誌を置かせて頂けることになったのです。

                          






                            


APIED という京都大原で古民家カフェをなさっている方の出している文芸誌です。オーナーが個人的に選んでいらっしゃるらしいテーマがまず魅力です。一般受けを狙っていないところに、”この人は何者!?”と興味をそそられます。

HPを見ますと、あのベネシアさんも立ち寄るカフェなのですね。
こんな文芸誌を置かせて頂いて、グラニーズの格が上がった感じです!!

2017年4月5日水曜日

春仕様

4月になりました。グラニーズも春仕様です。
                                     

                                





2017年3月24日金曜日

春休み

北国もようやく春の気配です。風はまだまだ冷たくて寒さも居残っていますが、光があふれて来ました。グラニーズ、3月最終週は、スタッフそれぞれ新しい年度の準備もあり、春休みにしました。




 






2017年3月13日月曜日

6年目の3.11

今年の3.11も日差しは春めいてきたのに雪の散らつく寒い一日でした。14:46に黙祷、開演の”3.11祈りのコンサート”に行ってきました。曲目はモーツアルトの「レクイエム」。
ホールは満席でした。
                                

たまたま先月の最後の週末、南三陸に行きました。海は穏やかで眺望は美しく水平線に朝日の上るのを見ました。語り部バスに乗って、避難所になっていた小学校の生徒たちが近くの高台に避難し、さらにわずかに高い隣の神社に逃げて助かり(水は鳥居まで来たそうです)、一晩卒業式のために練習していた歌を歌って、避難した人々と寒い夜を明かした話を聞きました。そのときの小学生たちが今は大学生になり、テレビの全国ニュースで故郷への思いを語っているのを見ました。

自分の身に起きたわけではない出来事についての人の記憶は薄れていきます。風化させない大切さを誰もが思いつつ、経験した人の必死な訴えもいつしか耳を素通りしてゆきます。原発がいつのまにか再稼働の方向に進んでいることに疑問を感じない人が増えてゆきます。私たちが遠くへ思いを馳せることができるとしたら、自分がそこにいたのだったらという想像力しかないのではないでしょうか?予想を超えた地震と津波と原発事故のトリプルの悲劇に見舞われた東北。そこにいなかったのはたまたま、日常を断ち切られずにすんだのはたまたまの幸運です。日本という地震列島に住んでいたら、どこにいても明日は我が身なのだと思います。
                          





2017年3月8日水曜日

3月のワークショップ— タッセル

クレイジーキルトは何でもありの手芸で決まりがありませんが基本はあります。そしてこういうやり方の方がきれいで楽とか、知っていたらより楽しくなる手仕事の技術はあります。月一度開いているワークショップはそのための時間です。素人芸を出ない手芸技術ですからそれぞれのプロの方から見たら噴飯ものだと思いますが、暮らしを楽しむために知っていたら得する+αのようなものです。

今月はタッセルを作りました。要は糸の束をくくって紐で下げるだけのものなのですが、房と紐のつなぎ部分にヴァリエーションがあります。鉛筆一本でコードを作り、手に糸を巻いて房を作り、特別な道具がなくても 材料と針と糸とはさみがあればできるというのがグラニー(おばあちゃん)流です。